ベジタリアンについて、動物について、など私の思ったことを書いています。
□ 肉を食べない理由について ('06/3/15)




なぜ肉を食べないのか?

という答えの中で一番問題(?)が起こりやすいとされているのが、
いわゆる 「動物愛護」。
(動物愛護という言葉はあまり好きではないというか、的を得ていない表現と
私は思っていますが、この呼び方が一番分かりやすいと思いますので、
敢えてこの表現を使います)
これを説明しようとすると、なかなか簡潔にはならず、しかも感情的と捕らえられたり、
はたまた理屈っぽくなってしまったりと、伝える事が難しかったりします。

でも私にとっては、肉を食べなくなった理由は、動物愛護とはいえ至ってシンプルです。
これを全ての人に納得してもらえるかどうかは別として。

肉を食べるという事は、動物を食べるという事です。
動物を食べるという事は、動物を殺すという事です。

工場畜産による大量生産が主流となり、肉となる動物の存在が私達消費者から
遠のきがちな今、この事を実感するまでには以外と時間がかかる事があります。
この事についての捕らえ方は、人それぞれ様々だと思います。
動物を食べるという事に対して、動物に感謝の気持ちを持って美味しく頂く、
これも一つの尊重されるべき考え方です。
しかし私の場合、食べるのを止めようと思ったわけです。
肉を食べる=動物を殺すということが、毎日の食事で美味しく食べるにしては
重すぎると感じてしまいました。
日本では肉を食べなくても十分豊かな食生活がある。
ならば食べなくてもいい。これが私の結論でした。
賛否両論あるでしょう。しかし自分の感覚に素直に行動したいと思ったのです。


猫や犬の肉料理がメニューにあったとしても、敬遠する人は多いでしょう。
身近な動物、また今やペットという枠を超えて、家族の一員という存在にすらなっている
彼らを食べるという事には、違和感があるのでしょう。

牛や豚は多くの人にとって身近な動物ではない。
だから肉用の動物として割り切れる。

つまり、同じ動物であっても、そこに見えない線が引かれている。

分かりやすく言えば、私が肉を食べなくなったとき、この線がなくなりました。
単純に、豚肉も犬肉も、牛肉も猫肉も、私の中では同じようなものな訳です。
もちろん味云々ではなく、感覚的に。

最近ミニ豚がペットとして飼われているようですが、その飼い主の中には、
やはり豚肉が食べれなくなる飼い主がいるようです。
この様な方達にとっては、犬や猫と同様、豚も食べる対象として見れなくなったのだと思います。


毛皮に関しても同じ事が言えます。

安価で毎年人気のウサギの毛皮。
ウサギを飼っている人には、やはり毛皮に反対・毛皮の購入を止める方達が多くいます。
何気なく目にしていた毛皮のコートと、自分と一緒に暮らす動物の毛皮が同じだと気付いたとき、
毛皮のコートが一気に生々しいものに映ったのではないでしょうか。

犬や猫の毛皮が売られていたらどうでしょう?
残酷だと思う方は多くいるのではないでしょうか。
犬・猫はもはや家族の様な存在。
そんな動物からはぎ取った毛皮など、触れたくもないでしょうし、業者も作りませんよね。

しかし、犬とウサギ、猫とキツネ、私にしたらどれも同じ動物であり、
どの動物の毛皮がはぎ取られる姿も見たくありません。
私はキツネに触れた事もありませんが、別に身近にいなくても、
犬や猫と同じ動物だと感じるのです。

この様な感覚は、なかなか紙一重だったりするんですけどね。
私も昔、小振りのファーマフラーを人にプレゼントした事があります。
フォックスファーという表示を見て、何も感じませんでした。
素直にきれいだと思って購入し、プレゼントしたのです。
それが、一度フォックスファーがキツネの毛皮だと感覚として気付いたとき、
突然ショックを受けたわけです。

肉は動物なんだ、
毛皮は動物なんだ、
こんな単純な事、知っていたはいたはずなのに、実は実感することなく過ごしていました。

子供の頃から、感覚的にこういう事に気付く人もいます。
特に肉ですね。
肉はどうしても食べたくない、こういうお子さんがいるそうです。
人にはきっと時期もあるのだと思います。
知っていたはずの事、でも実はよく知らなかった事。
当たり前の事に、ある日突然気付く事。
きっかけもありますしね。

なぜ肉を食べないか?
単純に食べたくないからです。
私の場合、単純に感覚の問題です。

でも人に説明しようとすると、なかなかストレートに言えない。
それは相手に、動物を食べる事はまるで残酷な様な印象を与えてしまうからです。

野菜が嫌い、甘い物が嫌い、気軽に話せることですよね。
でも肉の事となると、動物の事となると、それは一気にセンシティブな話題となる。
同じ哺乳類動物として、また動物が感覚や感情を持つ事を知っているからこそ、
感情的な問題にまでなってしまいます。

私は人に菜食を無理に薦める気はありません。
個人個人が決める事です。

ですからベストな解決策としては、1人1人、個人の意見を尊重する事、でしょうね。
海外に比べると、日本ではこれに欠けています。
人と違う意見を持つ人に対して、
「この人はこういう考えなのね」
と納得するのではなく、
「どうして?どうしてそんな変わった考えを持っているの?」
となってしまいます。

これではなかなかの八方塞がりですね!
結局菜食の人同士で話し合う。
それ以外の人は、時としてその菜食の人々を非難する。
これでは繋がりがなくなってしまいます。
お互いが敬遠し合って終わってしまうというか。

昔は菜食だった日本。
それが欧米食を取り入れ始めてから、今では見事に肉食大国に。
食の習慣なんて、そう簡単に変わるものではないと思います。
現実に、肉を完全に絶とうと思っても、ベジタリアンの人達だって、
外食ともなれば苦労しているわけですし。

時間はかかると思います。
でも、私は確実に菜食の人は増えていると思います。
肉の消費量も減っていくのではないか、と感じています。

肉の大量生産がなくなって欲しい。
ファッションのための毛皮は全廃して欲しい。
無駄に死ぬ動物の数がなくなって欲しい。せめて減って欲しい。
この大量消費社会に合わせて、必要以上の動物が死んでいくのは、かわいそうだ。

そう、かわいそう。
そして、私達人間はいくら動物を支配できる力を持っているとはいえ、
人間本意のみで犠牲動物を山積みにしていく事は許されないはず。

私のベジタリアンになった理由は、現在の私達人間が動物に対して行っている、
度を超した行為への反感、そして単純に「動物がかわいそう」 これに尽きます。