ベジタリアンについて、動物について、など私の思ったことを書いています。
□ 女優・川上麻衣子さんの飼い猫のエッセイ ('06/2/21)


とても素敵なエッセイを読んだので、ぜひ皆さんにも読んで頂きたいと思います!
もう天国へ行ってしまった飼い猫のお話ですが、とても感動しました。
HPはこちらです↓ 

http://www.anan.ne.jp/kawakami/pages/essay/essay01sp.htm





な か な お り


18才で一人暮らしを始めた私の傍らには、
その2ヶ月後から生活を共にしてきた1匹のネコがいました。

新宿の伊勢丹にある屋上で目が合ったのがきっかけでしたが、
毛玉のような愛くるしい姿に一目惚れしてしまい、閉店まで悩んだ末の衝動買いでした。

生後2ヶ月足らずの雄のヒマラヤン。

それまで動物を飼ったといえば、セキセイインコに始まり、緑亀、ハムスターまででしたから、
子猫を部屋に持ち帰った日は、お互いが見つめあい、探りあいながら緊張した時間を過ごしました。

当時住んでいたマンションの家賃と同額だったヒマラヤンで可哀想にも「家賃」と呼ばれると
振り返る様になり、それではあんまりだと値段を上げて、「ミリオン」と命名したのでした。

それから16年の年月を、同居人として暮らし、
2000年、10月1日、静かに私の腕の中で眠るように息をひきとりました。

ペットは、いつか死んでしまう時の事を考えると辛いから飼いたくない、と言う人も沢山います。
私自身、自分の分身となってしまったミリオンの死については、年をとっても元気で走り回る姿に、
その日は永遠に来ない様な錯覚に陥っていたのです。

でもその日は、突然に訪れました。

地方での仕事が続いていた私が無事に仕事を終えて東京に戻り、再び海外に出発するまでの
わずか3日の休みの間に、ミリオンは急激に死へと向かいはじめたのです。

まるで私のスケジュールに合わせてくれたかの様に食べることを拒否し
静かに刻々と違う世界に行く準備をしているようでした。

病院での治療も無駄だと分かり、自宅で看取りたいという意志を尊重してもらい、
その 3日間は徹夜で、意識の朦朧とするミリオンに付いてまわり、
泣きながら「死なないで、死なないで」とばかりくり返していました。

今思うと、私がお別れを覚悟出来るまでミリオンのほうが気を使い、
最後の命の灯火を必死に持続させようとしてくれていた気がします。

「死なないで」と願う私の言葉が「ありがとう」と変わった時、
泣きつかれている私の元でスッと立ち上がり、
もう諦めていた餌を淡々と食べる凛々しい姿を見せてくれました。

そして翌日、心臓の鼓動が止まり、何度も小さなため息を付くようにのどを鳴らし、
そのまま天国へと旅立ったのです。

後から聞くところによると、多くの飼い猫が、死を迎える前夜、飼い主に対して一瞬だけ、
元気な姿を見せることがあるのだそうです。
その事を「なか直り」という言葉で表現するのだそうですが、
文字どうり、人間と動物との間の仲直りなのかもしれません。

会話を交わす事は出来ませんが、その分大きな愛情と生命の尊さを教えてくれました。

ペットロス症候群になるだろうという不安は、常々持っていましたが、現実には、あまりに潔く、
美しい死への姿に直面したことで悲しみよりも、感動と感謝の気持ちだけが残りました。

分身をなくし、自分が半分になってしまいそうな心細さとは全く逆に、
これからはずっと側にいてくれる心強さと暖かさを与えてくれたようです。

生まれてきたものには、必ず終わりが訪れます。当たり前のそのことが、
あまりに非現実的でその事を忘れて生きてしまいますが、
私の心臓も最期の鼓動を打つ時は必ずくる事を今さらながら痛感させられました。

今はただ、「ありがとう」という言葉を百万回繰り返しても、
足りないくらい感謝の気持ちでいっぱいです。

どうか天国で安らかに・・・。






以上です。とても素敵なエッセイですよね。

知り合いの方で、捨てられたり虐待された猫の世話をもう10年近くしている方がいます。
当然、数多くの猫たちの最期を看取ってこられています。
この方の話で印象的だったのが・・・
この猫はもうそろそろ危ないかな、と思うとき、「仕事から帰ってくるまでは待っててくれよ!」
と言って仕事に出掛け、帰ってくるとまだ生きていて、この方が抱き上げた途端に息を引き取る・・
こんな事が良くあるそうなんです。「待っててくれるんだよね。」と言っていました。
全ての猫がこうなる事はありませんが、(病気などの避けられない体の状態もありますしね)
やはり猫も飼い主の気持ちを理解して、最期はその腕の中で迎えたいと思っているのでしょうね。

「死なないで」と願う私の言葉が「ありがとう」と変わった時、

この言葉がとても印象深いです。
私も以前ジャンガリアンハムスターを看取ったとき、全く同じ状況でした。
手の中で痙攣するハムスターを見ながら、死なないで!死なないで!と呼びかける。
でもその呼吸がゆっくりとしてきたとき、もう最期を迎えようとしているんだと言う事を悟り、
よく頑張ったね、ありがとう、もうゆっくりしていいよ・・・といった言葉に変わっていきました。
言葉が通じない分、動物は、その言葉を・・というか言葉がなくても、心で理解してくれるのでしょう。

ペットロスへの不安・心細さなどとは逆に、感謝と感動の気持ちが残り、心強さと温かさが
残るというのは、本当に嬉しい事ですよね。
確かにこの様な感情は実際に動物と暮らしてみて、そしてその最期を一緒に迎えなければ
実感できない事かも知れません。
もちろん一緒に暮らす動物には長生きして欲しいし、死んでしまう日が来るなんて想像もしたくない
けれど、でもその日が来たときには、こんなふうに感じる事が出来たらお互い幸せだろうな・・
と感じました。