ベジタリアンについて、動物について、など私の思ったことを書いています。
□山古志村・牛を飼う人々 ('04/12/17)


NHK「山古志・牛飼い達の決断」という番組を見ました。
見終わって涙が溢れました。
人々の牛への深い愛情に強く心を打たれたのです。

新潟中越地震から2ヶ月がたちました。
中でも最も大きな被害を受けた山古志村。
大きな土砂崩れで寸断された多くの道路、谷間にできた大きな湖、
水没してしまった家々・・とにかく地震の大きさに圧倒されてしまう凄まじい景色です。
村の人々は家に帰ることもできない状態であり、長い避難生活を余儀なくされています。

この村で牛を飼っていた人々。
山古志村は闘牛で有名な村であり、この文化を守ってきた人たちがいます。

地震から2週間後、ようやく一時帰村が許された夫婦。
家は1階部分が完全に水没してしまい、近寄ることもできない状態です。
そして牛を残したまま崩壊してしまった牛舎。
6頭の牛が瓦礫の下敷きとなって命を落とし、冷たくなっていました。
それを見て泣き崩れる奥さん。
死んでしまった牛に「ごめんなさい」と呼びかけながら号泣していました。
地震直後、瓦礫の下から牛の鳴き声が聞こえたそうですが、どうすることもできなかったそうです。
・・・そうですよね。悲しいけれど仕方がない・・本当に仕方がなかったことだと思います。
その後、綱をほどいておいた牛3頭を遠くの方に発見しました。生きていたのです。
地震でできてしまった湖が邪魔して牛に近寄ることはできなかったものの、
奥さんの呼び声に牛たちはしっかりと反応していました。
その後、冬を前に最後の一時帰村の際、奥さんは1枚の紙を牛たちの供養にと取り出しました。
紙には、死んでしまった牛たちの名前、享年が書かれ、そして最後にメッセージが。
「みんないい牛だった。生まれ変わってもう一度、山古志村に元気を下さい。」
地震で死んでしまった牛たちは本当にかわいそうだけれど、この奥さんの想いは必ず牛たちに
届いていると思います。

一頭の牛を自宅の土間で大事に育てていた夫婦。
避難生活を余儀なくされ、牛は市内のとある畜産農家に預けていました。
3週間ぶりにその農家を訪れ、自分たちの牛に会いに行くと、牛は夫婦にすり寄ってきました。
しかし今後も続く避難生活を考えると、いつまでもその農家に牛を預かってもらうわけにも行かず、
このご夫婦は牛を手放す決断をしました。
鹿児島県の闘牛の盛んな町に、自分たちの牛を引き取ってもらうことに決めたのです。
苦渋の決断・・もう目にすることが最後となる牛を目の前にして、奥さんの目から涙がこぼれます。
一つ屋根の下一緒に暮らしてきた家族との別れです。
避難所でも牛の写真を眺めていました。
犬や猫でさえ、避難生活の上で問題となることが多いようですが、牛となると本当に大変です。
体は巨大だし、農家に預かってもらうにしても、一月の餌代は3万円にもなるというのですから、
避難所での生活を送る上で、この金額はとても大きなものです。

70頭もの牛を飼っていた父親が地震後入院し、今後の決断を委ねられた23歳の長男。
一時帰村の際、約40頭の牛が生き残っていることが分かりました。
本格的な冬が来る前に、早急に牛を避難させなければならない・・と途方に暮れる中、
同じ避難所・また別の避難所の牛飼い仲間達が、牛たちの避難に協力してくれました。
中には自分の牛たちは死なせてしまった人たちもいます。
しかしそんな方達も含め、30人もの人々が牛の救助のため一致団結。
なんと1日がかりで、取り残された42頭全ての牛の救助に成功したのです!
溝にはまって動けなくなった牛、地震の恐怖から荒れる牛、食糧不足でやせこけた牛、
そして生後数ヶ月の小さな子牛・・生き残っていた牛たち全てが救助されたのです。
感動しました。1日でこんなにたくさんの牛を救助できるなんて、さすがプロの方々です。
この長男の方は今、ひとりで避難先の牛舎で42頭の牛の世話をしています。
その牛の中に、妊娠している牛がいました。
彼が牛のお腹に手をあてながら、笑顔で言った言葉が印象的でした。
「こいつが産まれたら、それから俺もスタートだ!」

私はこの番組を見て、いろんな事を考えさせられました。
動物と関わって暮らしている人たち。ペットの犬や猫たちだけじゃない。
色んな動物と色んな形で関わり、生活を共にしている人たちがいる。
そして温かい愛情を持って動物と接し、そして動物にもその想いが伝わっている。

今回の地震では、山古志村の260頭もの牛のうち、半数以上は死んでしまったそうです。
しかし100頭もの牛の生存が確認されていると言うことです。

山古志村は未だ復旧の目処が立たない場所が多く、壊滅的な被害を受けた場所も多いですが、
牛飼いの人々は、必ずまた山古志村で闘牛を復活させることを願っています。
時間はかかるかも知れないけれど、少しでも早く、その日が来ることを私も願いたいです。