□頂いたメールの紹介・No.3 ('04/2/20)
はじめまして。こんばんは。
HP見させていただきました。
私も菜食主義についてよく考えることがあります。
私は仏教徒なんですが、ブッダは殺生を非常に嫌いました。
戒律のトップにあげられているのも不殺生戒でした。
基本的には肉食はいけないこととされているのです。
(今の日本の仏教教団はほとんどこの戒律を無視していますが・・・)
ブッダには
「自分にとってつらいこと、イヤなことは他の生物にもしてはならない。」
「生きとし生けるものに幸いあれ」
というような言葉が残っています。
このような話をすると母親は
「そうはいっても調味料や出汁の中に動物性の成分が含まれているよ」
「薬や医療も動物の犠牲の上に成り立っているよ」
と言うのです。
まあ、現代社会は複雑ですから100%完全を目指すのは無理かもしれませんが
それに向って歩み始めることはあってもいいんじゃないかな、なんて思ったりします。
自分も菜食でいきたいなと思うのですがなかなか難しいです。
(今日の昼も会議で弁当がでました。そういう時も問題がおきそうです)
これからも色々迷うかもしれませんが、肉食への疑問は持ち続けていこうと思います。
今後ともよろしくお願いします。
********そして以下が私の返信です。
こんにちは。メールありがとうございます。
お返事が大変遅くなりました。
不殺生について・・私もHPのコラムで書きましたが、
以前は漠然とした考えしか持っていませんでした。
でも、1冊の本を手にすることで不殺生という言葉の深さ、
を知ることができました。
現代社会では、肉が“生きとし生けるもの”から作られている、
ということさえ見えなくなっていますよね。
不殺生は肉だけでなく、全ての食物に当てはまることだと思いますが、
魚も野菜も全て、大量生産でしかも毎日大量に捨てられています。
今の便利な社会では、このやり方が必要なのでしょうが、
(実際私もその恩恵を受けている部分は大きいですし・・)
やはり、食べ物は生き物から作られているのだということ、
無駄にしてはいけないのだということ・・は心に留める必要があると思います。
確かに完全を目指すのは難しいと思います。
たとえ食事に細心気を遣っても、薬や病院を避けたとしても、
それで動物の犠牲はゼロか?・・ってことはないと思います。
私もベジタリアンを始めたり、動物の現状を知った当時は、
とにかく完璧にならなければ・・とピリピリしていたものでした。
でも今では、仮に自分が動物の犠牲ゼロの生活をしたとしても、
それで物事が解決するわけではない・・と感じています。
解決、とかそういう言葉で済むことじゃないですしね。。
私も悩んだりすることもありますけど、これからも色々なことを
考えていけたらと思っています。
・・最後に、今回頂いたメールをHPの方に掲載させて頂きたいのですが
宜しいでしょうか?もちろん匿名に致します。
ぜひご検討下さい!
HPの方も、更新頑張っていきますのでまた遊びに来て下さい!
********以上頂いたメール&私の返信でした。
上記のお返事をさせて頂いた後、この方からお返事を頂きました。
植物についてなのですが、仏教では植物は無情の生物といいます。
つまり我々の体でも爪とか髪の毛などは切っても痛感がありません。
やはり動物と植物は区別されるものなのでしょう。
しかし今の僧侶で肉食の是非について考える人はまずいないですね。
社会的に影響力を持つ人がベジタリアンになれば、
皆の意識も変わるのではないでしょうか。
私も動物と植物は区別されるものだと思います。
私の場合は感覚でそう思っているのです。
でもこれは自然と殆どの方が感じていることではないでしょうか。
私は肉を食べるために自分の手で動物を殺した経験はありません。
でもそれを想像してみた時に、やはり畑で野菜を収穫するときの気持ちとは
かなり違うものがあると思います。
私は自分なりに、自分のこの自然な感覚は大事にしたいと思います。
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