□頂いたメールから ('05/8/12)
3/28に環境が変わるのにあわせて菜食生活を始めました。
ずっと考えてきたことと環境が整ったのが理由です。
おいしそうな菜食メニューの数々に目を奪われました。
そして自然体で菜食をされているRayさんにもとても強く惹かれました。
ここに何を書きたいのか、実はよくわかりません。決意なのか迷いなのか・・・
とりとめもなく長くなってしまうかもしれませんが、時間があればお付き合いくださるとうれしいです。
子供の頃、お肉があまり好きではありませんでした。
とくに脂身は気分が悪くなることがあって・・・今思うと体は正直だったのかもしれません。
知っている子供は不思議なことを言います。お肉を食べると緊張する、というのです。
変わった体質だな、と思っていましたが子供は素直にいろいろな影響を受けやすいのかなって、
ちょっと思います。
でも動物性脂肪が体に必要だという教育を受けるに従い、自分で肉食を選択することが増え、
しだいにおいしいと感じるようになりました。
時々違和感を覚えることはありましたがつい最近までおいしく頂いていました。
肉食に違和感を感じる最初のきっかけはうさぎのファーでした。
私はうさぎを飼っていて、うさぎ友達が増えるとほとんどの飼い主さんがファーに対して批判をしました。
私だってファーを見ると悲しくなりますが、その批判はとても激しくてなんだか変な感じがしたのです。
ファーを批判したうさ飼いさんの一人が犬の洗濯機を「便利そう」と言いました。
そして人間が入って実験していたから「安全だ」と・・・。
同じ放送を見ていたのですが、犬の目はおびえているように思いました。
だって犬には何が起こっているのか理解できないだろうし、説明だってないんですものね。
何が起こるか、大丈夫かを知ってる人間が入るのとは違うと思うんです。
うさぎを飼っていなかったら、彼女達はファーをアクセサリーとして使っていたんじゃないかとふと思いました。
私はファーを見て悲しい気持ちになりますが、使う人を責める気持ちになったことはありません。
うさぎがファーになる行程を知って使っている人はいないだろうし、知れば使わないだろうと思うからです。
知らないということに対しては「無知は罪」と思うこともあるけど、「知らないほうが幸せ」ということも
あると思うからです。情報が溢れすぎて全てを知ることはできないし、都合の悪い情報は積極的に
知ろうとしない、それが現実だと思うから・・・。
このことが、ペットとそうではない動物の違いは何かということを、考えさせてくれたきっかけになりました。
1年ほど前にネットデビューし様々な情報に触れることができるようになりました。
つい最近までうさぎのHPをめぐるのが主な使い道でしたが・・・。
私の両親は50〜60代ですが最近お肉を食べなくなりました。
そのことをちょっと不思議に思ったのです。
年とともに必要な食べ物が変わるといいますが、自然界ではライオンは死ぬまでガゼルを食べようと
するし、うさぎは草を食べつづけます。
人間だけが違うなんて変だなって思ったのです。
そしてふと浮かんだ疑問が「人間に肉はほんとうに必要なのか?」ということ。
いろいろ調べる中でベジタリアンの事を知り、家畜の現状も知ることになりました。衝撃でした。
私の田舎は高原で牛が飼われています。
広い牧草地で青々とした牧草を食む牛たち、多分乳牛だったんだろうと思います。
おいしいミルクやチーズを私達に恵んでくれました。
そんな牛たちの生活とは全く違う、あまりにも悲しい現実もあったなんて。
そしてそれが私の食べていたお肉になっていたなんて・・・。
うさぎを飼っているというと多くの人(特に男性)がうさぎ鍋の話をします。
おいしいんだよね、って。うさぎも人によってはおいしいお肉。
我が家で私を見上げてごはんをねだるペットのうさぎと食べられる牛と何が違うんだろう?
うさぎのファーの時に感じた違和感、ペットと家畜の違いってあるんだろうか?
私にはその違いがないように思えました。だから菜食をしようと決めました。
菜食生活をはじめて思います。この選択は間違いなかったって。
Rayさんと同じように心がとても軽くなったから。
一説では一人が肉食をやめると80頭の家畜の命が救われるとか・・・。
今も過酷な状態で死を待つ家畜がいる一方で需要が減れば供給も減る、そんな市場原理に
希望があります。
私が肉食をやめたのは動物愛護の観点からですが、人には健康のためと言っています。
まだ情報を集めている段階で、ひどい現状を知り肉食をやめようと思う、と話した事がありました。
周りの反応はあまり好意的ではありませんでした。
肉屋の娘さんが言いました。
「私は肉を売って育った、何が悪いの」
彼女を責める気持ちはなかったのに彼女は責められたと思ったのです。
動物愛護精神の強い友人は言いました。
「食べるために生まれてきた動物と守るべき動物は違う、痛みや苦しみというなら植物も感じるんだよ」
うしろめたい気持ちがしたそうです、でも食べることが必要だから食べるんだそうです。
植物が痛みを感じるということ、知りませんでした。その後よく考えました。
動物を食べることと植物を食べることの違い。Rayさんはなんとおっしゃるでしょうか・・・?
私達は生きるために何かを食べて栄養をとらなければなりません。
人間はこの世にあるほとんどのものを食べることができますが、だからといって何を食べるのが自然か、
ということの答えにはならないと思います。
あらゆる生命体は、自分が生きるために犠牲にするものに憐れみを持たないようにできているように思います。
でないと何も食べられず死んでしまうから・・・。
ライオンはガゼルを食べますがきっとかわいそうに、とは思わないでしょう。
そしてガゼルを見かけたらおいしそうだなって思うんだと思います。
私はどうか、よく熟れた果実や色鮮やかな野菜をおいしいそうと思います。
パックのお肉を料理された姿を想像し、おいしそうと思うことはあっても生きた牛や豚、鶏を丸ごと食べる
ことを考えておいしそうだな、とは思いません。
人間は道具を使います。
でも本来は生きるために必要なものを、自分の体で取れるようにできているんじゃないでしょうか?
鶏はなんとかなりそうですが、牛や豚を素手で解体することはかなり難しそうです。
狼やライオンにとっては簡単でしょうけど・・・。
そして多くの哺乳動物が死んでいく姿は、私の憐れみと涙を誘います。
ニンジンを畑から引き抜いたり、リンゴをもいで丸かじりするように牛や豚を殺し解体し調理することは
できません。自分でしてね、と言われたら多くの人が食べられなくなるんじゃないかと思うのです。
植物と動物はやっぱり違うと思いました。でも人にうまく説明することができません。
その気がないのに責めていると思われたり、うまく説明できない気持ちの部分を攻撃されるのが恐くて
菜食を始める本当の理由を人には言えずにいます。
それでも私はより多くの人に菜食を始めてもらいたいなって思っています。
大事な人が口に運んでいるそのお肉、どうやってここにあるのかを考えると・・・。
過酷な状況で育ったかわいそうな牛や豚、鶏を食べて欲しくないからです。
知らないほうが幸せという思い、無知は罪という思い、気持ちがいつも揺れ動きます。
世の中には牛や豚、鶏をとてもかわいがって育てている人もいると思います。
そんな牛や豚が最後の時を迎え、その恵みを余すことなく頂こう、そういう世界がきたらそんな時だけ
肉を口にするのはいいことだと思います。
そんなお肉は子牛のようにやわらかくなく、霜降りでもないだろうけど、よく生きて、がんばって働いて
たくさんの恵みを与えてくれたことを感謝できるように思います。
大量消費を支えるための過酷な飼育環境に苦しむ牛や豚、鶏を食べないことで彼らの環境が
少しでもよくなり、めったに口に入らないだろうけど、だからこそ大事なものとして考えられるように、
そんな日がくることを祈ってこれからも菜食を続けたいと思います。
とても長いとりとめもない文章になってしまってごめんなさい。
たぶん、自分の本当の思いを誰かに知っていてもらいたかったんだと思います。
現実には言う勇気のない私だから・・・。今日はほんとうにありがとうございました
Rayさんのお料理を参考に充実した菜食生活を送れるようにがんばりたいと思います。
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以上頂いたメールでした。以下私の返信文になります。
○○さん、初めまして。メールどうもありがとうございました。
そしてお返事が大変遅くなりましてすみません!
> 子供の頃、お肉があまり好きではありませんでした
> とくに脂身は気分が悪くなることがあって・・・
> 今思うと体は正直だったのかもしれません
> 知っている子供は不思議なことを言います
> お肉を食べると緊張する、というのです
> 変わった体質だな、と思っていましたが子供は素直にいろいろな影響を受けやすいの
> かなってちょっと思います
> でも動物性脂肪が体に必要だという教育を受けるに従い、自分で肉食を選択すること
> が増え、しだいにおいしいと感じるようになりました
以前メール頂いた方のお話を思い出しました・・
現在は娘さんと菜食をされているそうですが、以前はお肉を食べていたという方です。
娘さんが小さい頃、お肉や乳製品を口にするのを嫌がったそうですが、
この方は当時、肉や乳製品は必要不可欠な食べ物と思っていらっしゃったので、
嫌がる娘さんに、食べなければいけない、とおっしゃっていたそうです。
今思えばかわいそうなことをしたと思われているそうで、今は2人とも菜食をされているそうです。
もしかしたら、この様なケースは多いのかもしれないですね。
でもお母様にしたら、肉などの動物性食品が子供には不可欠だ、と思われるのも無理ないと思います。
私は子供の頃、飲めないわけではありませんが、牛乳の臭いが苦手でした。
今思えば給食の時、クラスに一人は牛乳を飲めない子がいました・・
先生に飲まなきゃいけないといわれ、みんなが給食を終えているのに、一人すわらされて、
泣きながら牛乳を飲んでいました。(戻していたこともありました)
当時は牛乳は飲まなくちゃいけないものなんだから、仕方ない・・なんて思っていましたが、
思い返すととてもかわいそうなことだったと思います。
> ファーを批判したうさ飼いさんの一人が犬の洗濯機を「便利そう」といいました
このお話、大変興味深いです。
なんというか・・現在の日本における動物の考え方を象徴している様な気がしました。
この大ペットブームの中、ペット動物に対しては多大な愛情が注がれ、
人間に対してと同じくらいの感情を持って接しているわけですが、
それ以外の動物・動物の問題に関しては、意識や感情が抜けてしまっている気がします。
(大げさな言い方かもしれませんが・・)
かわいそう、かわいい、といった私達人間の感情も大事ですが、今の日本でもっと大事なことは、
「動物は生きている・動物には命がある」 という当たり前のことを実感することだと思います。
単純なことに思えて、意外とこの考え方が抜けています・・
海外から輸入される人気ペット、テレビなどでブームを起こして大量繁殖させられる人気犬、
例を挙げればきりがないですが、そこには「ペット動物=商品・・つまり物」という考え方が見えるのです。
> 今も過酷な状態で死を待つ家畜がいる一方で需要が減れば供給も減る、そんな市場
> 原理に希望があります
私もそう感じています。
畜産動物、ペット動物、毛皮動物・・様々な動物が私達人間の犠牲となっているわけですが、
全ては需要と供給の原理ですよね。
肉を食べる量が減れば、過酷な工場畜産で犠牲となる動物の数も減るでしょうし、
ブランド犬ブームがなくなれば、不自然に犬たちが大量生産されたり命を落とすこともないでしょうし、
毛皮の需要が減れば、その命の毛皮を剥がされる動物の数も減る・・・
つくづく、消費者一人一人にかかっているのだと感じるのです。
一人一人・・・だからこそ、果てしなく長い道のりの様に感じてしまうこともあるのですが、
現在はまだあまり目に入ることのない、動物の現状・問題などを見たり知ったりする機会があれば、
より多くの人が真剣に考える様になったり、無駄な動物の犠牲が減るのでは、と感じています。
> 植物が痛みを感じるということ、知りませんでした
> その後よく考えました
> 動物を食べることと植物を食べることの違い
> Rayさんはなんとおっしゃるでしょうか・・・?
> 私はどうか、よく熟れた果実や色鮮やかな野菜をおいしいそうと思います
> パックのお肉を料理された姿を想像しおいしそうと思うことはあっても生きた牛や
> 豚、鶏を丸ごと食べるることを考えておいしそうだな、とは思いません
> 人間は道具を使います
> でも本来は生きるために必要なものを自分の体で取れるようにできているんじゃないでしょうか?
> 鶏はなんとかなりそうですが牛や豚を素手で解体することはかなり難しそうです
> 狼やライオンにとっては簡単でしょうけど・・・
> そして多くの哺乳動物が死んでいく姿は私の憐れみと涙を誘います
> ニンジンを畑から引き抜いたり、リンゴをもいで丸かじりするように牛や豚を殺し
> 解体し調理することはできません
> 自分でしてね、と言われたら多くの人が食べられなくなるんじゃないかと思うのです
> 植物と動物はやっぱり違うと思いました
> でも人にうまく説明することができません
植物はどうか?という話は、ベジタリアン関連のHPなどで必ず論争(?)になるところですが、
私は自分の中で、動物と植物ははっきりと区別されます。
上記のにんじんや林檎と牛や豚のお話と同じことは、私も感じています。
野菜を収穫するときに、野菜を殺すとは思いません。
私は野菜を何年か作ってきていますが、雑草を抜くときにもかわいそうとは感じません。
力強く伸びる雑草に強い生命力は感じますが、抜くことに躊躇することはありません。
野菜を収穫するときには、かわいそうどころかすがすがしさを覚えます。
植物の感情・・感情かどうかはっきり分かりませんが、そのようなものは私も感じます。
でもそれは、動物に対する感じ方とは違うのです。
牛や豚や鶏は、やはり「殺す」という表現だと思います。
よって、かわいそうといった感情もより強くなります。
私はこれは、多くの人が持つ人間の本能的な感覚だと思います。
ただ、植物の感情を強く感じる人にとっては、私の考え方や行動は残酷に思えるのかもしれませんが、
それはそれで仕方のないことだと思います。個人個人の感覚ですからね・・。
私は肉が作られる過程、特に過酷で不自然で、しかも無駄も必然的に多くなってしまう
工場畜産の現状を知ったとき、肉を食べるのをやめました。
でも私は肉食を否定しているわけではありません。ただ、動物の犠牲があまりにも多い
この現状は改善されなければいけないと強く感じています。
> 世の中には牛や豚、鶏をとてもかわいがって育てている人もいると思います
> そんな牛や豚が最後の時を迎え、その恵みを余すことなく頂こう、そういう世界ができ
> たらそんな時だけ肉を口にするのはいいことだと思います
> そんなお肉は子牛のようにやわらかくなく、霜降りでもないだろうけど、よく生きて、
> がんばって働いてたくさんの恵みを与えてくれたことを感謝できるように思います
> 大量消費を支えるための過酷な飼育環境に苦しむ牛や豚、鶏を食べないことで彼らの
> 環境が少しでもよくなり、めったに口に入らないだろうけど、だからこそ大事なもの
> として考えられるように、そんな日がくることを祈ってこれからも菜食を続けたいと思います
同感です!!私も同じことを考えています。
こんなふうになったらいいなぁ・・と常々感じています。
動物を大事に育てている方の様子やお話は、テレビや頂いたメールで見たり聞いたりしてきました。
過去に、ろくに感謝の気持ちも持たず、肉から動物を連想することもせずに肉を頬張り、
また残すことさえあった私に比べたら、皆さん本当の意味での動物への感謝の気持ちを
持たれていると痛感しました。養鶏場の家で、目の前でお父さんが鶏の首を絞める様子を見て、
その鶏肉や卵を大事に調理する女の子をテレビで見ました。
私にも分かり得なかった、鶏の命の尊さを、この女の子はちゃんと感じているのだと思いました。
自然農法で大事に動物を育てている方が残り、機械的で人工的な工場畜産がなくなれば・・
と思います。もちろん肉の値段は跳ね上がるでしょうが、それだけ貴重な物となってもいいと思います。
日本では肉以外でも、魚や野菜、大豆製品なども豊富ですしね。
○○さんの文章は共感する部分が多く、お返事もついつい長くなりましたが、
私も色々と再度考えさせられました。ありがとうございます!
今回頂いたメール、ぜひHPに掲載させて頂けませんか?私の返信と共に・・
ぜひ多くの方に読んで頂きたいです!匿名にしますので。
また、何かご意見や考えなどありましたら、気軽にメール下さいね!
今回は本当にお返事が遅れてしまってごめんなさい!
それでは、今後もHPの更新頑張っていきますので、また遊びに来て下さい!
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