□頂いたメールの紹介・No.13 ('04/10/16)
Rayさんはじめまして。
たまたまこのサイトを見て、いろいろと考えてしましました。
今までにわたしが知っているベジの方は、すこしでもお肉が入っていると、食べない。
そういう感じでした。これには牛の成分が〜とか魚のだしが〜とか。
こんなこというと、嫌がられてしまうかもしれませんが、私はお肉もお魚も卵も牛乳も大好きです。
ただ、体調がよくないな、とか、今日はちょっと卵だめかな、とか、そういうときに無理して食べると、
蕁麻疹が出たり、一日吐いてしまったりします。
私は小学生までずっと北海道の田舎にすんでいました。
友達は牧場の子たちのがずっと多かったし、いまでもこのあたりは先週熊が出たからきをつけて!
っていう看板がたってるようなとこです。
そこでの私のおうちの向かいはお肉屋さんで、妹のお友達のおうちで育てた牛を売っていました。
わたしは、えさをあげるのを手伝ったり、子牛をなでたり、世話を結構していました。
ある時お肉屋さんのおじさんが、すごいものをみせてあげる!っといってトラックを開けました。
そのなかには、首を切られて、皮をむかれて、でも一目でそれとわかる牛が一頭ぶら下がって
いました。おじさんはこれからこれをいっつも売ってるみたいにするんだよー。
というようなことを言っていました。衝撃です。
でもそのとき私は、ひどい!とか、残酷だ!とかは、まったく感じませんでした。
ともだちのお父さんがおいしく育てよーって、一生懸命育てていたのをみていたからです。
私も世話がんばったから、おいしいよー!!といってました。
卵は卵やさんが、牛乳は牛乳やさんが、そういう環境で育ちました。
動物たちが無駄に殺されているのは事実です。
これは絶対に目を背けてはいけない問題だと私は思います。
でもだからといって出されたお肉を捨てるという行為は、無駄に殺しているのと同じではないのか。
何が違うのだろう?と思っていました。
生き物もかわいそうですが、育てている人も、殺す人も、捨てられたら、悲しいのではないか。
私だったら、あの時の牛がもし捨てられてしまうのを見たら、本当に悲しい。
だいたい、私は食べたいのに食べられないときもあるのに、あなたは選べていいですね!
考え方には賛成するけど、捨てるくらいなら食べてあげて!
そんな気持ちでベジの人をみたりするところがありました。
だからRayさんのサイトをみて、すっごく安心しました。
ベジの人にも、いろんな人がいて、みんなが私があったような人ばかりじゃないんだな。
感謝して食べる。私はいつもそうしています。お肉もお魚も植物も同じです。
みんな一生懸命生きているし、それを私たちに届けてくれている人も、
これはおいしいよー!って思って出してくれているはずです。
食べられなかったときは、ほんとにごめんなさいって思います。
食べられないときがある時点で、結局私が言っていることも、理想論だなぁと思うのですが。。
自分との戦いですね。
長々と書いてしまいました。なんだか自分勝手で偉そうですね。恥ずかしいです。
気分を害してしまったらほんとにごめんなさい。簡単に言えば、ベジの人も、そうじゃない人も、
今自分が食べているものが、どこから来ているのか。
それを常に感じていることができれば、違うんじゃないかなぁとか。そう思うのです。
みんなが今自分が物を食べることができるということに感謝できればなぁと思います。
それと、私のベジの方に対する偏見を、なくしてくれたことに感謝します。ありがとです。
それでは☆ これからも素敵なお料理、楽しみにしています。
ほんとはそれが目的できているのです。。
********そして以下が私の返信です。
こんにちは。お返事がとても遅くなりました。メール、とても興味深く読ませてもらいました!
頷いたり同感する部分が多くて、嬉しかったです。
周りに牧場があったり、食用となる動物を目にしたり、触れたり・・というのは、
とても貴重な環境だと思います。
私は以前肉を食べていた時(今もそうですが・・)、実際に牛や豚を見た事なんて殆ど
ありませんでした。だから感謝の気持ちなんて、そういう言葉を知っていただけで、
見てもいないのにきちんと持てていたわけがありませんね。
でも何となく私がイメージしていたのは、牛乳パックに描かれているような、広い草原で草を
食べる牛・・そんなものでした。
もちろんこのような環境で育つ動物もいるでしょうが、現代の食肉の大半を占める、
工場畜産について知った時、私のショックはとても大きなものでした。
日も浴びることなく育ち、身動きもろくに取れず、殺される・肉になる日をただ待つような毎日。
しかも私たちにとって、このような現状を知るきっかけはなかなかない。
だからスーパーに並ぶ肉を見ても、物のように見えてしまう・・。
これではいけないのではないか、と強く思いました。
農家の方が心を込めて育て、そして肉となる動物。
この場合、感謝の気持ちも自然に持てると思います。
でも、工場畜産はどうだろう・・そのような状態で育った動物に、感謝の気持ちを持って、
動物はどんな気分だろう??と考えました。このことは私の中で考えさせられる部分です。
でも、やはりどのような肉であれ、捨てるという行為はなにより、動物に対して申し訳ない
のではないか・・と今は思ってきています。
外食などでも肉は避けていますが、避けられなかったり入っていたら、
私は今では食べるようにしています。
でもそれでも、どうしても食べれない時もあります・・
きっともう、肉を食べなくなってしまった体だからと思いますが、
そんな時は残してしまうことに対して、とてもつらい気持ちがあります。
ベジタリアン、と一言で言っても様々な考え・食生活の方がいますよね。
健康を考慮して、とかアトピーやアレルギーなどを持っている方にしたら、食品を選ぶ時に、
動物や魚の成分まできちんと見る必要があるかも知れません。
宗教上のベジタリアンの方にしても、私も仏教徒の友達がいましたが、完全に肉や魚、
ゴクンは避けなければいけない、という姿勢でしたね。
ただ私の場合、ベジタリアンになったきっかけは、“動物”について考えたからです。
ですから肉を食べる食べないの基準も、体の問題ではなくて自分の考えの問題です。
私は今、出された物はきちんと美味しく頂きたいと思っています。
私にとっては、肉を食べたからといって、何かが崩れるわけでもないです。
それってベジタリアンじゃないんじゃない?と言われるかも知れないですけど、
私はもともと、ベジタリアンという言葉をそんなに意識していないので、
(思いっきり、ベジタリアンカフェ!っていうHPタイトルですけどね・・)
その辺はどうでもいいんです。
要は自分がどう考え、どう行動に移すかって言うことだと思っています。
その点、○さんは自分の考えをきちんと持たれていて、素敵だと思います!
白黒はっきりと結論が出るような話ではないですけど、だからこそ、いつも色々考えたり
悩んだりすることも大事だと思っています。
今回頂いたメール、是非多くの方に読んでもらいたいのですが、
HPの方に掲載させて頂けないでしょうか?私の返信文と一緒に・・匿名に致しますので。
このようなご意見、とても貴重だと思います。ぜひご検討下さい!
********以上、頂いたメールと私の返信文でした。
今回頂いたメール、とても貴重なご意見でしたので掲載させて頂くことをお願いしました。
その際、この方より、
「本当にいろいろ考えた上で、お肉は食べないと決めた人達が、これを読んで不快な思いを
してしまったら、、、そう思うといたたまれないです。」
と、掲載に関してご心配されている意見を聞きました。
確かに、自分の意見を言うだけで他人の意見に耳を傾けず・・だとしたら、
人を不快にさせることもあるかも知れません。
でも、この方のご意見はとても率直ですし、他の方を配慮されているという点でも、
読む方を不快にさせる内容では全然ないと思います!
ですので、掲載させて頂きました。
今回頂いたメールを再度読みながら、最近のクマの事件のことが頭をよぎりました。
クマなどの野生動物(シカ・サル・アライグマ等々)問題で被害を受ける人々。
そして、そのような動物とは生活上関わりのない、いわゆる都会の人々。
「動物愛護運動は都会で活発」・・といった皮肉めいた言葉を本で目にしたことがあります。
テレビや動物園で目にする野生動物はかわいらしい。
でも実際、襲われたり・農作物を荒らされたり・怪我を負われた人々にしたら、
野生動物は“かわいい”だけではすまされない面もあると思います。
(このように身近だからこそ、より本当の意味での愛着を持つ、という面もあると思いますが)
このギャップはとても大きいものだと思うのです。
そして今回のメールの、お肉屋さんの牛のお話。
私はベジタリアンになった当初、肉を食べることをはじめ、肉に関する全てのことに対して
批判的な感情を抱いていました。
とにかく私の心の中にあったのは、「殺される動物がかわいそう!」、これだけでした。
小さい頃から牛や豚などを見ることもなく育ち、牛や豚と牛肉や豚肉を結びつけて考えるのが
恐くて、そんなことは考えないようにしながら、美味しく肉料理を頬張っていました。
そして数年前、そんな私が屠殺の画像や映像を見てしまったわけですから・・・
ショックが大きすぎたのです。
それ故、感情的になってしまったのです。
でも恐らく、もし私がこの方のように、肉が作られる過程を実際に目にすることがあったとしたら、
もっと色々な視点から考えられたように思います。
子供の頃からこのような光景を見て育ってきた環境と、
私のように20年近くも、パック詰めされた肉と美味しい肉料理だけを目にしてきた環境では、
とても大きな違いがあると思います。
・・うまくまとめるのが難しいのですが、なんというか、現状に実際に触れない環境にいながら、
意見するのは楽なのかな、なんて思ってしまいました。まさに私ですけど。
感情は大切なものだし、それに忠実になることも大事だと思うけれど、それだけなら楽だな、
って言えることもあると思います。
動物と人間の関わりって、感情論だけでは持てないものだと思います。
そしてその感情論だけを持ちがちなのが、実際に現場にいない都会人なのかな、なんて
感じたりしました。・・・ちょっと生意気な意見ですね。。すみません。
でもその感情論も決して否定されるものではないと思うし、都会に住んでいるから云々とか、
そういう短絡的な話でも、もちろんありません。
動物愛護の風潮が広まる今、動物の問題を考える上で、この点は大きなテーマとなっていく
ひとつだと思いました。
(なんだか、本題と結論がずれてるような気もしますが・・(?)
私の言いたいことが少しでも伝わったら幸いです!)
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