ベジタリアンについて、動物について、など私の思ったことを書いています。
□“命の軽重”というコラムを読んで ('04/4/14)


今世間では、鳥インフルエンザの発生県という理由で、山口県産の鶏卵、
鶏肉が敬遠されています。もしかしたら、廃棄処分になる可能性もあります。
正真正銘の風評被害です。


ブロイラーは生後約2ヶ月で肉になります。
採卵鶏も生後約2年で処分されます。(産卵の間隔が延びれば処分です)
鶏は自然に生きれば10年くらいの寿命はあるでしょう。


人間のタンパク源となるために、人間が命を与え、人間が命を絶っています。
もし卵や肉をゴミとして廃棄処分すれば、私たちは正当な理由もなく鶏たちの
命を絶つことになります。
直接自分で鶏を殺さなくても、間接的に殺してゴミとして捨てることになります。


一方、ペットである犬や猫が処分されるときは、多くの人が「かわいそう」と言い、
少しでも処分される犬猫の数を減らそうと行動しています。


命に軽重はありません。

命と引き換えに与えられたタンパク源を無駄にはできません。

                         動物新聞 「命の軽重」より


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以前から私が感じていたことでした。“犬や猫”と“牛や鶏”の差・・・。
でもこのコラムを読んで、改めて心を打たれました。

“人間のタンパク源となるために、人間が命を与え、人間が命を絶っています。”

そうなんですよね。肉について考えるとき、私たちは動物を殺して食べるのだ・・
とばかり考えてしまいがちですが、その前に私たちはその動物に“命を与えて”
いるわけですよね。
もちろん地球上で地域によっては、自然に生存する動物を捕らえて殺して食べる、
ということが行われていますが、日本を含む殆どの国・地域では、
私たちは動物にまず命を与えてから、それから食べるために殺すわけです。

この点ではペット動物(特に流行ペット)に関しても、似ている所があります。
私たち人間が欲しているために、商品として必要なために、動物に命を与える。
でも全てがその命を全うするわけではなく、人間の勝手な都合で死んだり、
また施設などで殺される動物がいます。

人為的に動物の命を作り出す、ということの善し悪しは今は別として、
命を作り出した以上は、大切にする必要があると思います。
動物の権利なんてまだまだ確立されていないものですが、でも私は思います。
肉として動物が作り出されるならば、その肉は大事に食べられるべきであり、
またペット動物が作り出されるならば、その動物は人間と共に生きる権利を持つ
のではないかと・・。

そうは言っても現状では難しい・・・という意見はあるでしょう。
もう既に大量生産の下、便利さを追求したある種人工的な社会ができあがっている
わけですからね。
でも、何も完璧を目指すわけではなく(それはとうてい無理ですし)、多くの人が
この問題について意識を持つことによって、少しづつ変わるものはあるんじゃないか・・
と思うのです。